1990年、前にも書いたがシカゴのタンナー、HORWEENに行った時、社長のアーノルドさんに訊ねた「今アメリカで良い靴を造れるメーカーは何処と何処ですか?」と。 アーノルドさんはこう答えた。 「グッドイヤーウエルト製法の靴ならALDEN とALLEN EDMONS、ハンドソーイングモカシンだったらANSEWNだ」。 ANSEWN?聞いたことがないぞ。 アーノルドさんはポカンと口を開けている私にさらにANSEWNの説明をしてくれた。 「 ANSEWNはモカシンの本場、メイン州バンゴーにあり、POLO RALPH LAUREN のローファーやCOLE HAANのモカシンを造っているが、今度自社ブランドのANSEWNを発売する。 モカシンには先にモカの穴をあらかじめあけておき、その穴に糸をとうし、モカ縫ってから、木型を入れるプリパンチ製法と、木型にアッパーを釘で仮止めして、ひと穴づつ穴をあけながらモカを縫うジュニインハンドソーンモカシンの二種類がある。そのジュニインハンドソーンで縫ったモカシンはモカが美しいが、ベテランのハンドソナー(モカ職人)が必要で、ベテランの職人でも一日縫えるのは7足から8足だ。」 「へーPOLOのローファーを造っているのかー」 私はPOLO大好きなので嬉しくなった。 今でも着るものはPOLOがほとんどだ。 それにその頃日本ではCOLE HAAN が人気が出始め、特にローファーが注目されていた。COLE HAANが世界的有名になったのは、あのモカが美しいローファーだと言っても過言ではない。 つまりCOLE HAANを有名にしたのはANSEWNなのだ。 「行こう!バンゴーに行こう!」 メイン州の北、バンゴーの空港からレンターカーを飛ばして15分足らずでANSEWNの工場はあった。 社長のアーウィン ラクリッツさんとデザイン担当のリック コーヘンさんが出迎えてくれた。 ショールームには、モカシンのローファーがズラッと並んでいた。 ソフトなガラス(コレクテッドレザー)のライニングがないシリーズとカーフ革でライニング付きのシリーズでそれぞれデザインが数種類あった。 売るあては何処にもなかったが、どうしてもこの靴を日本に紹介したかったので、その場で100足か200足か忘れたけれど発注した。 アーウィンさんは、「そんなにこの靴が気にいってくれたのなら、日本でのエクスクロッシヴ(独占販売権)をあげるから、一緒に頑張ろう」と言ってくれた。 ANSEWNが日本に到着してしばらくして神宮前のトレーディングポスト一号店オープンの話があり、1991年9月に開店してANSEWNは主力商品になった。 当時お客さんで小穴さんと言う人がANSEWNが好きで、何足か買っていただいた。 その小穴さんが取材したいと言ってきた。 小穴さんは雑誌BEGINの編集長だったのだ。 その後私はANSEWNを持って新宿の伊勢丹に行って、当時紳士靴のバイヤーだった宮下さんに会いに行った。 宮下さんはANSEWNを気に入ってくれて、販売をしていただいた。 その後、伊勢丹にはクロケット&ジョーンズやトリッカー、エドワードグリーンなど海外ブランドを取扱いをお願いした。 山長も伊勢丹でデビューしたのも最初の出会いはANSEWNだったのだ。
BEGINに紹介されたANSEWNのローファー。
その時のBEGINの表紙。米国ファクトリーブランド「アンソーン」と表紙にも見出しが出ている。